Behind the BAR | ||
酒税 「伝統的ウィスキーを変えた酒税」 |
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2001年8月15日号 |
酒は、大人であるから楽しめる。あまり年が若いうちは酒の素晴らしさを理解するのは難しい。ここで言いたいのは、酒の味うんぬんの話ではなく、酒がもたらしてくれる「酔い」という世界に上手に身を任せられるか、という問題だ。 ところで、金。これもまた大人でなければ、上手には使えない。 と言うわけで、今回は大人でなければ扱うことの難しい「お酒とお金」のかかわりを酒税を主軸に考えてみたい。 酒との付き合いも、年を重ねるごとに上手くなり、金の使い方もまた然り。年を重ねることが、あまりプラスイメージにならないような風潮が蔓延しているように思う今日この頃。「オヤジ」と呼ばれる方々は、色々と肩身の狭い思いもしているようです。しかし、酒の世界は未だに年功序列。人生の先輩方にはかないません。生き残れ、「オヤジ」!! |
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「伝統的ウィスキーを変えた酒税」 | ||
昨今の暑さですっかり庶民の味方になった発泡酒。ビールではないけれど、ビールの味がする不思議なお酒。またの名を「節税ビール」。 「麦と酵母と水。そしてホップから作るからビールなんだ。」 ドイツ人は長い間、このように主張しそれ以外の原料を使ったものはビールとは認めなかった。しかし、EU統合にあたり各国からの批判が集中。ビールの定義の変更を余儀なくされたようである。 ところで、伝統的な製法の中で原料の多様化に伴い、その酒そのものの解釈を拡大させてきた酒類の一つは、以前にも書いたように、ウィスキーに他ならない。 大麦麦芽を原料とした蒸留酒の誕生はアイルランドに始まる。しかし後に、アイルランドでは大麦麦芽の使用量に応じて課税したために、これ以外の穀物(未発芽の大麦、ライ麦、小麦など)を原料とする方向にウィスキーは発展していく。さらに、密造を防止するためにポット・スティルの大きさによって税額を決定し、大型蒸留器を奨励、雑穀を使用したため、雑味が多くなり大型のスティルで好ましい蒸留結果を確保できず、それまで初留と後留の2回蒸留であった過程を3回蒸留とした。この点が現在のアイリッシュ・ウィスキーの特徴的な味わいを作り出す一端を担っていることは否定できない。 以前、聞いたことのある話で「紙が鉄をきる」と言うのがある。例えばオフィスの書類ケースのサイズは封筒の大きさなり、書類の大きさなりで決まっている。と言うことは、仮にA4の規格サイズを変更したとしたらそれに伴って引き出しのサイズが変わる。つまり、スチール製の引出しは紙で切られることになるかもしれないと言うのである。話が少し横にそれたが、「酒税が酒を変える」と言う現象はこれと同種の物ではないか。仮にかつてのアイルランドで、大麦麦芽やポット・スティルを基準に課税するシステムが採用されなかったとしたら、原料の多様化、ポット・スティルの大型化が容易に進んだであろうか。どうしてもこの変化は、酒税によりウィスキーが変えられたと説明せざるおえないのではないか。 つまり、酒造者は酒税を上乗せした価格で販売するため市場価格は高くなる。よって、今までと同じ販売量を確保するためには「節税」の技術がどうしても必要になる。結果として、酒税は醸造技術を変化させるに至る。 一方、アイルランドから蒸留技術がもたらされ、ウィスキー蒸留が始まったスコットランドではどうであったであろうか。スコットランド(得に、ハイランドに限ってもよい。)では、醸造技術の変化が起こらずに「密造」と言う方向に進んでゆく。結果、ウィスキーの元祖であるアイリッシュ・ウィスキーをさしおいて、後に「最も伝統的なウィスキー」と世界で認められるスコッチ・ウィスキーとなる。つまり、大麦麦芽に固執したことにより結果的に、最も伝統的なウィスキーの形態を継承した。醸造技術面では、麦芽の乾燥は無尽蔵に蓄えられた最も日常的な燃料であるピートを利用し、スコッチ・ウィスキーの特徴の一つを形成した。また、密造酒を貯蔵するために、スペインから樽で運ばれたシェリーの空樽を利用し、熟成による酒質の向上が発見され、ウィスキーに貯蔵・熟成と言う過程が加わった。ウィスキーはここで初めて、我々が目にする琥珀色の液体になったのである。 さて、スコットランドでは何故、アイルランドのように原料の多様化や、醸造技術の変化、などの節税的技術の発展の方向ではなく、密造の方向に舵を取り、結果として、大麦麦芽を原料とするスピリットの伝統を継承したのだろうか。この点を読み解く鍵は、イングランドとの関わりではないか。当時、ウィスキーに対する課税はブリテン島を支配していたイングランドによって課税された。スコットランドの人々はイングランドに対する対抗意識の象徴的な意味合いで、ハイランドの奥地で作られるウィスキーに特別な郷土愛を投影したのである。単に、節税と言う観点ではなく伝統を守り、密造をしてまでも自分達の酒を守る旗印がイングランドに対する抵抗の一つであったのだ。ことに、ハイランド地方で作られる大麦麦芽のみを原料とし、小型のポット・スティルで蒸留されるスピリットはまさに、スコットランド人のスピリットに他ならなかった。だからこそ、シングル・モルトはスコッチ・ウィスキーの中にあってもことさら、特別の意味を持つのではないか。 アイルランド、スコットランドにおけるウィスキーの変遷を酒税を軸に少し整理しておこう。未発芽の穀類を用いたアイルランドでは、麦芽に比して穀粒が固く、これ糖化するには高性能な粉砕機、糖化技術が要求された。そのため、零細な蒸留業者は没落していく。アイルランドのウィスキー生産業者が大型化、寡占化をたどった理由は、麦芽使用量に対する課税システムと、密造防止のため大型蒸留器を奨励した政府の酒税政策にあった。一方、スコットランドでは、イングランドに対する対抗意識の高まりが、密造者たちをハイランドの奥地にとどまらせ、発見され難い小型の蒸留器を用いたより簡素で原始的な蒸留技術を継承した。結果、アイルランドに端を発した大麦麦芽から作られる蒸留酒の原始的な姿はスコッチ・ウィスキーに引き継がれた。しかし、地理的にイングランドに近いローランド地方、アイルランドに近いキャンベルタウンの両産地はアイルランドに似た道をたどり、ハイランド地方の蒸留所とは一線を画す。特にローランド地方は、後にコフィ・スティル(連続蒸留機)の誕生と共にグレーン・ウィスキーの一大産地となり、伝統的なモルト蒸留所は没落していく。 二つの伝統的なウィスキーは、同じく「酒税」によってその姿を変えることを余儀なくされた。しかし二つのウィスキーのたどった道は異なっている。それは、その時代に生きた人々が酒税と言うシステムに対してのかかわり方の違い、政治的、民族的背景の違い、地理的要因にあるように思う。 ところで、「発泡酒」なのだが、これはビールとなりうるのだろうか。これから数年後を視野に入れないと何とも言えないかも知れないが、不況下にあって、庶民の味方的なこの節税酒が価格の面だけではなく、味わいや品質の面でも画期的な商品となれば、ビールの解釈を再検討する機会が必要になるかもしれない。その時、政府はビール並みの課税を主張するかもしれないが、各ビール・メーカーの技術向上の努力によってもたらされた新しいビールは是非、低い税率を適用していただきたいものである。 ここに大変興味深い資料がある。経済学者が試算した所によると、酒は、価格が下がったとしてもその販売量は大きくは伸びない、そうである。つまり、安ければ酒量が増えるかと言えばそうでもない。景気変動など人々に与える心理的要因がより酒消費に与える影響は大きい。つまり成熟した社会では、量より質と言うことなのであろうか。いやむしろ、酒そのものの商品価値よりも、飲酒と言う行為の価値が、酒消費により大きな影響を与えているのかもしれない。今一度、「酔い」について考え、酒そのものだけではなく、それを楽しむ時間、空間の価値を見つめなおす時がきているようである。 今回はこれにて。それではまたの機会に… ![]() |
![]() "酒の文明学" 山崎正和 *監修 サントリー不易流行研究所 *編 中央公論新社 |
「酒」をテーマに各専門家の方々が様々な切り口で、「お酒のお話」を展開してくれます。まさに、酒を飲む大人のための一冊です。いつも何気なく口にする酒に対する、知的好奇心を十分に満たしてくれます。歴史、経済、哲学、様々なアプローチで酒と言う共通のテーマを掘り下げた欲張りなオムニバス。 飲むだけの酒から、考える酒へ… スノップ的な解説本もいいけど、こういう文化的側面を解説した本も非常に楽しいものです。健康のために、休肝日などを設けていらっしゃる方は、酒の無い夜、コーヒーでも飲みながら楽しんでみてください。きっと、次の日の一杯が美味くなること間違いありません。 |