第二話
Behind the BAR
日本人とウィスキー
2001/04/15号                                 
 今回のテーマは、日本人とウィスキー。何とも大それたテーマを選んでしまったのですが…
 最近、何かと元気のない日本ではありますが、英国あたりのウィスキー・ビジネスの世界では、日本はまだまだ将来性のある大きな市場と目されているようです。ニッカウィスキーはアサヒの子会社になってしまったり、今ひとつ元気の出ない日本のウィスキー業界ですが、日本が世界有数のウィスキー大国である事は間違いないようです。
 とかく、外国のウィスキー文化、酒文化に目を奪われがちですがここで一度、日本の中でのウィスキーに焦点を当てて、
「日本人にとってのウィスキーとは何か?洋酒とは?」
といったことを考えていきたいと思っている今日この頃です。
日本人とウィスキー
 後になって偉人と言われた人物の最初の試みは、その初めの段階では、無謀と言う一語で片付けられる。
 現代において、日本でウィスキーと言えば誰もが知っている洋酒のひとつである。
しかし、それが未だ一部の人たちの間にしか知られていなかった時代、スコットランドに渡り、その製法を学んだ一人の日本人がいた。
竹鶴政孝…現ニッカウィスキーの創立者である。
 ウィスキー・ビジネスに関る者の一人として、彼の偉大な業績に多大な感謝と、憧憬の念を抱かずにはいられない。
彼の偉大な試みがなかったら、今日の日本におけるウィスキー市場は成立していなかったと痛感している。
無論、最大の影響力をもつサントリーが、その戦略的マーケティングによりウィスキーを日本に根付かせた功績の偉大さと、「やってみなはれ。」の精神で新規事業に挑戦する優れた社風を見逃してはならない。だが、竹鶴の仕事は日本に本格的ウィスキーの製法を伝え、単にそれを作り上げたことにとどまらない。販売を通じて人々にウィスキーを定着させたサントリーとは少し違った意味で竹鶴の仕事は評価されるべきだと思う。
 ウィスキーだけでなく、すべての酒が旅をし、異なる文化圏の中でその認知度を高めていく過程は、想像する以上に困難を極めるのではないか。
デジタル・ネットワークが発達し、世界が小さくなったと言われる現代ならともかく、外国に渡ること自体がひとつの大きな冒険のような時代であったなら、なおさらである。
食文化、風習、気候、民族的性質、社会的慣習…などのすべてが関係してその国特有の酒が生まれる。
それを異文化の中で定着させることの難しさは想像を絶する。ある文化や習慣を眺めようとするときに我々は無意識のうちに己の育ってきた環境と習慣のフィルターを通して眺める。あるオピニオン・リーダーの言葉が、時代の中で人々に認められてゆく。しかし、多くの場合において、それは単なる流行であったり、一時の物珍しさゆえの興味の対象に過ぎないことが多い。
果たして、どの段階に達したとき、それが文化として定着したと言えるのであろうか。文化であれば高尚で、流行なら俗物的で低俗だ。とは、断じて思わない。
しかし、竹鶴の目指した「ウィスキー蒸留業」は流行風俗ではありえなかったと思わずにはいられない。
 かつて、アインシュタインがイスラエル首相を打診された時、
「政治は、これから数十年にかかわる仕事ですが、物理学とは、これから数百年にかかわる仕事です。
                                                 私は、これから数百年にかかわる物理学を選びます。」と…
竹鶴のウィスキー蒸留業にかけた情熱は、数百年のウィスキーの歴史にかかわる仕事だったのかもしれない。(これから数百年を視野に入れないと、何とも言えないが…)日本にはまだ、本格的ウィスキー蒸留技術がなく、模造品が主流だった時代の日本で、膨大な設備投資を必要とし、数年待たなければ、商品になるのかならないのか見当がつかないウィスキー蒸留を事業化させた壽屋(サントリー)。一方、スコットランドと同じウィスキーを日本の地で作り上げることに人生を捧げ、生涯、蒸留技師でありブレンダーであり続けた竹鶴政孝が壽屋を離れ、設立した大日本果汁(ニッカ)。
どちらも、私共、日本でウィスキー・ビジネスに携わる者とっては、忘れてはならない偉大な先輩方である。
 最後に、サントリーとニッカの違いがその広告に見られる例を示しておく。
ウィスキーの広告において、前者はスコッチもしくはスコットランドという言葉を基本的に使わない傾向にある。一方後者は、最新の「ウィスキー・マガジン」誌に掲載した広告にも見られるように、スコットランドとの関係を強調した上で、日本のウィスキーを主張する広告が多く見られる。無論、あらゆる点において、どちらがより勝っているかと言う問題ではない。単に、「個性」なのである。
私個人としては、スコッチを口にする機会が圧倒的に多いが、ふとジャパニーズ・モルトを口にした時、スコッチとは違うそのティストの中に「日本のウィスキー」を発見する。サントリーは初めから「日本の…」を強調し、ニッカは「スコットランドと同じ」を強調した。だが、結果としてはどちらも結果的に「日本らしさ」にたどり着いたのは興味深い。「血は争えない。」と言ったところであろうか…

 さて、我が愛すべきパブ稼業。英国では幾世代にも渡って継承されてきた数百年にかかわる仕事。
志だけでも高く、アインシュタインや、竹鶴のように…。ちょっと、気合入れすぎ!?
                                                    



今月の推薦図書




日本のスコッチと国際結婚 「リタとウィスキー」  
O.チェックランド著 和気洋子[訳]  日本経済評論社
 日英交流史の研究者で知られるオリーブ・チェックランド夫人の著作。ウィスキーの本格蒸留技術を日本に取り入れた竹鶴とスコットランドの妻リタの物語。ウィスキーと言うテーマから眺めれば、竹鶴の蒸留所での実習の様子、日本のウィスキー文化の創生期の話などは貴重な記述だろう。しかし、新しい技術が伝播してゆく過程、その中で生まれる人と人との出会いがもたらす様々なストーリーの大切さを二人の出会いを通じて描き出した著者の視点に気づかされることも多い。また、英国人の日英交流史の専門家が見た日本と言う意味でも、とても興味深い。
 ちなみにこの本の原題は「Japanese whisky Scotch blend」で、ウィスキー関係の著作のひとつとして英国でも知られています。