Behind the BAR
PUB or BAR ?
「パブなのバーなの?」
                                                   
 PUB or BAR?
どちらでもいいと思うのですが…
とかく、色々なものをカテゴライズしたがる風潮がある昨今、ご多分に漏れず当店を訪れるお客様から「ここはショット・バー?」「ここはアイリッシュ・パブ?」等などたくさん聞かれます。
そんなわけで、ここで一つ「CASK AND STILLはなんなのか」と言うテーマでお話してみたいと思います。
「PUB or BAR ?」
「パブなのかバーなのかそれが問題だ!!」
現在の店を開店してから数年間、こんな命題が頭にもたげていた。確かに、英国で目にした看板はBARと書かれていたり、PUBと書かれていたり、私は、バーテンダーと呼ばれていたり、英国のパブでカウンターの中にいる人はバーマンとかバーメイドと呼ばれていたり…
と言ったわけで、私の頭の中は似たようなものの呼称をめぐる不毛な問いかけが渦巻いていた。
PUBの適切な日本語訳がないのもその問題を一層複雑にさせた。では、BARの適切な日本語訳は…
バー。???それでは、PUBもパブ。と思ったのが大きな間違い。日本語で「パブ」と言った場合、多くは、その前にフィリピンとか、カラオケ等の言葉がついて、いわゆる英国のPUBとは似ても似つかないお店のことを指す。
以下、実際にあったお話を元に…

以前、看板にBRITISH PUBと書いてあった頃…

シーンA

初めて訪れたお客様、店内を不思議そうに見回す。

私 「いらっしゃいませ。」
お客A「ここは、イギリス人いないの?」
私 「時々、お見えになりますけど。」
お客A「お客で?」
私 「はい。」
お客A「あ、イギリス人の女の子がいる店じゃないんだ。」
私 「あいにく…」

お客A、店を後にする。


シーンB

何回かお見えになった事のあったお客様。
ビールを飲みながら、ちょっとした会話…

お客B「パブってサッカーか何かの中継を見ながらみんなで盛り上がって、にぎやかな感じなんでしょ ?」
私「ええ。確かに、そういったお店も多いですね。都内のアイリッシュ・パブなんかも、かなりにぎや かですし。」

{グラスを磨きながら}

お客B「この店、静かだよね。いつもこんな感じ?」
私「ええ、まぁ、基本的には。時々騒がしい夜もありますけど。その日のノリによってですかね。」

{PUBに対する画一的なイメージに少し食傷気味。}

お客B「外にパブって書いてあったけど、ビールよりウィスキーの方が多いし、バーみたいですね。」

{ビールをすする。イメージした店と違うことに不満?}

私「ええ、英国にはいろんなパブがあります。時計の音が一番うるさいほど静かなパブも、看板には BARと書いてあるお店も多いですし、
  日本でいう止まり木のことを指してBARと呼んでいるみたいですね。」

{いつもの、何の意味もない説明をすることが心苦しい…}

お客B「…」

{期待を裏切られた様子}

私「…」

{申し訳ないという気持ち。しかしどうする事も出来ない。}

こんなやり取りが何度か繰り返された後、私は看板からPUBと言う文字を消した。その言葉に人々がイメージするお店は、あまりに、ある種画一的で窮屈だったからだ。そして現在、当店の看板にはBARの文字がある。以前、BARなる呼称に窮屈さを感じて、PUBを標榜することを選択したのだが、なんとも皮肉な結果である。
しかし、これとて名案とは言い難い。BARにもPUB同様様々な言葉が付く。
SHOT BAR, COCKTAIL BAR, RESTAURANT BAR, WINE BAR, CASUAL BAR, AUTHENTIC BAR........
数え上げたらきりがない。
結局、名案は浮かばず公には「何もつかないただのBAR」でとうしている。

 こうして、私の内なる葛藤"BAR or PUB?"は終わった。結論はこうである。
「気持ちはPUB、外見はAuthentic BAR」 
それにしても、英国のPUBはなんとも難しい厄介な施設だと思う。あの国の大きな魅力の一つではあるが、未だにその実態がつかめない。文化だと言ってしまえばそれまでだが、そんな簡単な一言では決着のつかない不思議な魅力を持つ施設だ。時計の音が一番うるさいような静まり返ったパブ、立っているのもやっとなほどにぎやかなパブ、主人自慢のウィスキーコレクションの並ぶパブ…
どれもこれも、PUBには違いない。
だが、一つの共通する点があるように思う。それは、そこを訪れるお客と主人が作り出す空気そのものがPUBなのだ。決して、ウィスキーであったり、ビールであったり、サッカー中継であったり、モノがPUBを作っているのではないのだ。無論、モノは人々を結び付ける役割を果たし、主人はお客をもてなすためにそれに神経を使う。だが、それは目に見えるほんの表面的な部分にすぎない。
 
 さて、我がC&S。現在のところ「ただのBAR」という自由を謳歌し、モルト・ウィスキー、カクテル、ワイン、エール他、挙句の果てには料理まで…とりあえず色々なモノに囲まれている。無論モノがあることはあくまで「目に見える主人の思い」でしかなく、それを楽しんでくださるお客様がいなければ何もはじまらない。
まだまだ発展途上。やはり、この稼業は先が長いようだ。きっと、いつの日か、お客様と共に本物のPUBになっていたい。
そして願いがかなった時、見慣れた店内を見回し、カウンターについたキズの一つ一つが、薄汚れたタペストリーが、その成長の過程を静かに見守っていてくれたことに気付くのだろうか。



                                                今回はこれにて。それではまたの機会に…
   



今月の推薦図書



 英国 パブ・サイン物語
酒場のフォークロア

櫻庭 信之 *訳
研究社出版
「パブとはなんなのか?」それはともかくとして、この本を読むとその歴史の古さと、未だに生活に根ざしたパブ・ライフの楽しそうな様子を垣間見させてくれます。英国文学の専門家の著作だけに、タイトルにもあるようーにパブサインにまつわる酒場のフォークロアを中心に英語の小話から派生した慣用表現など、英語の勉強にもなりそうなくらい内容の濃い本です。
英国に旅をするときは、この本でパブの名前に関する知識を仕入れて出かけてみるのも一考です。英国には同じようなもしくは、まったく同じ名前のパブがたくさんあります。日本でいうそば屋さんの名前のよう。
お気に入りのパブを見つけたらそのパブの名前の由来を尋ねてみるのも面白いでしょう。
とにかく、パブ・ライフなくして英国生活は語れません。